ポスト鳥谷最有力!?リオ五輪金メダリスト土性沙羅がファンと公言している元甲子園のスター・北條史也その魅力と特徴につい

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今シーズン、連続フルイニング出場が途絶えた阪神タイガースの鳥谷敬。ここ数年、常にチームの懸案となっていた「ポスト鳥谷」。先の出来事と今季の状況というのは、その必要性・緊急性というものを改めて強く認識させられるものになったのではないでしょうか。

そんな中、ここに来て「ポスト鳥谷」の一番手と目される存在に浮上して再注目を浴びている北條史也。そんな彼を今回は取り上げたいと思います。

簡単なプロフィール

名前:北條 史也

出身:大阪府堺市

生年月日:1994年7月29日生まれ(22歳)

身長体重:177cm76kg

守備位置:内野手(右投げ右打ち)

出身校:光星学院

経歴(プロ入り前)

小学校では3年生で体操鉄棒の全国2位も、4年生から野球一本に。プロ入りまで共にチームメートとなっていく田村龍弘(現・千葉ロッテ)が所属していた浜寺ボーイズに入団すると、中学ではオール狭山ボーイズ(現・大阪狭山ボーイズ)で田村とバッテリーを組むことに。3年時にはリーグ日本代表として世界大会4強も経験しました。

 

それだけの実績・能力があっただけに関西を中心に名だたる強豪校からスカウトされるも、当時の光星学院・金沢成奉監督からの言葉が決め手となり、青森県八戸市の同校へ進学を決意。この時もらった言葉通り、北條は坂本勇人(巨人)を目標に成長を遂げていくことになります

 

高校でも田村とともに早くから、その資質を発揮していきます。

1年時から経験を積むと、2年春のセンバツにも揃って出場。夏には吉永健太朗(現・JR東日本)をエースに今年からチームメートとなった高山俊(現・阪神)やスラッガー・横尾俊建(現・日本ハム)、畔上翔(現・ホンダ鈴鹿)ら強力打線を擁した日大三高相手に敗れるも見事準優勝。

当時はセンバツまでは4番の田村の打撃が大いに注目されていましたが、夏を経て遊撃手である北條の守備走塁を含めての魅力・能力の高さを評価する声がグッと多くなったように思います。

2年秋には明治神宮大会で大活躍し、チームの初優勝に貢献。この大会の神村学園戦で放った逆転サヨナラ満塁ホームランは同大会史上初のものであり、世間やスカウトの注目度を上げるとともに、北條自身がプロを目指す意識が強くなった契機となるものだったそうです。

翌年の春、優勝候補として臨んだセンバツでは後にドラフトでともに指名される藤浪晋太郎(現・阪神)擁する大阪桐蔭に敗れるも準優勝し、自身も明治神宮大会に続き打率4割越え、打点も量産して更に評価を高めることに。

そして迎えた最後の3年夏、順当に青森大会を制したチームは甲子園初戦で遊学館、続いて柿沢貴裕(現・楽天)擁する神村学園、松井裕樹(現・楽天)擁する桐光学園、強力打線を誇った東海大甲府を撃破していき決勝進出。相手は春と同じ大阪桐蔭、今度こそはと臨んだ一戦は再び藤浪の圧巻のピッチングの前に敗れましたが、3季続いての準優勝という偉業は甲子園の歴史に残るものでした。また、北條自身も4番遊撃手として臨んだ同大会ではバックスクリーンへの連発を含む大会記録に迫る4本塁打、通算打点は29まで伸ばして史上最多とする活躍ぶりでした。

AAA世界野球選手権大会の日本代表を経て、迎えたドラフト会議。高校生ナンバー1遊撃手として評価されていた北條は阪神タイガースに2位指名を受けます。2度の甲子園決勝の相手である藤浪に続いて、甲子園で活躍したスターを獲得したかったこと・そしてまさに将来の遊撃手として鳥谷の後を継ぐ存在になってほしいという阪神の想いのもと指名されたのです。当の北條も祖父の影響もあり、元から阪神ファンであったとのことで相思相愛の入団。ここから北條のプロでの挑戦が始まりました。

経歴(プロ入り後)

1年目は1軍出場は無く、球団のプラン通り2軍で遊撃手として数多く試合経験を積みましたプロ仕様では打撃で苦しむというのは以前から指摘されることも多く時間がかかるのは想定されましたが、高く評価されていた守備でも失策が多く、まずは高卒らしくもありますが数字上は厳しさを知ったシーズンだったようです。

2年目も引き続き2軍で試合出場を重ねます。同年秋には最初で最後の開催となったIBAF21Uワールドカップ(U-21の国際大会)に日本代表のメンバーとして参加。二塁手の大会ベストナインに選ばれるなど、翌年の飛躍を期待させる活躍を見せました。

3年目は自身初の春季キャンプ1軍スタート。オープン戦では全く結果を残せなかったものの、最後まで1軍に帯同。開幕は2軍ながら首脳陣の期待度の高さが伺える春を過ごし、ファームでも前年以上に奮闘。そして遂に5月末の楽天戦で1軍初出場。初打席は代打で一塁ファールフライでした。その後は再び2軍降格も、チームでトップ級の本塁打・打点を残すなど着実に打撃で進化していることを印象付けました。一方で守備では失策が多いのは変わらず、依然大きな課題とされていました。

そして4年目の2016年。前年に続き春季キャンプを1軍で迎えると、オープン戦でも好成績を残して自身初の開幕1軍を勝ち取ります。プロ初安打がホームラン、その後も二塁手や三塁手として1軍での出場を重ねました。そして今夏以降、鳥谷に代わり遊撃手としての出場が増えるようになると、その若さと打撃をウリに評価も知名度も急上昇。遂に「ポスト鳥谷」が現実味を帯びてきたのか…少なくとも来季以降もその競争の中心になることが期待される選手であることは間違いなさそうです。

特徴や魅力

プロ入り前から、スラっとした体躯でも見た目より飛距離が出せるスラッガーという評価が多くありました。バットの先で遠くまで運んで見せるスイングやゆったりとした前足の使い方なども併せて、やはり坂本勇人に似ているなぁと感じた人も多いでしょう。

そういう指導のもと育ったというのは勿論ですが、彼にとってフィットする形であったのもまた事実でしょう。一方で指摘されるのが引っ張り傾向の強さです。スイングの軌道が外回りでロスがある、バットの先で外のボールを追いかけてしまうため、逆方向へ強く叩くのは難しく、どうしても引っ張りになりがちなようです。本人もこの点は課題として強く意識しているようで、今後レギュラーとして更なる結果を残していくためには乗り越えていかなければならない部分でしょう。

また、2軍でも大きな課題であった守備では好プレーも見られる一方で、簡単なミス・ポカも散見されるなど遊撃手としてまだ安定しているとは言い難いです。それでも、高校でも天才肌というよりもコツコツとひたすら努力してグンと上手になった選手ですし、前向きにひたむきに取り組んで進境が見られるという所をコーチ陣も非常に高く評価しているとのこと。

まとめと将来について

現状では坂本2世と呼ばれた打撃の方が先行している選手であり、守備では他の選手に勝っているとは断言しづらいところがあります。それでも資質は言うまでもありませんし、1軍でこれだけ帯同しスタメン出場を続けているということでグングン伸びていくのではないかと期待するのは首脳陣もファンも同じではないでしょうか。

チームの偉大な先輩・鳥谷とはまた違ったタイプの遊撃手として、その後継としての座を本当に勝ち取ることができるのか今後も目が離せません。

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